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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)8079号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

(原告)

一  被告は原告に対し五四〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

(被告)

主文同旨の判決

第二主張

(請求の原因)

一  事故の発生

原告は次の交通事故によつて第一〇胸椎圧迫骨折による背髄損傷、完全対マヒ、膀胱直腸障害の傷害を負つた。

(一) 日時 昭和四七年一月三日午前一一時頃

(二) 場所 愛媛県南宇和郡西海町弓立二七〇番地

(三) 加害車 普通乗用自動車(足立五な八九一四)

運転者 訴外 星吉泰

同乗者 原告(後部座席)

(四) 態様 前記路上を西海町船越方面に向け進行中、星吉泰は左カーブを曲ろうとした際右後輪を道路右側の溝に落輪させ、車を元へ戻そうとして、左に大きくハンドルを切り急発進させたところ、そのまま道路を左斜めに横断し、道路左側のガードレールに激突し、道路左側下約五〇メートルの段々畑に加害車もろとも転落した。

二  責任原因

訴外宇田川繁太郎は加害車を所有し自己のためめ運行の用に供している者であるから、自賠法三条本文に基づき原告に対し本件事故による損害を賠償すべき義務を負うべきところ、同人は昭和四六年一二月六日被告との間で、加害車につき、保険期間昭和四六年一二月一三日から昭和四八年一二月一二日まで、保険料三万五四五〇円とする自動車損害賠償責任保険契約を締結しているので、原告は被告に対し自賠法一六条一項に基づき保険限度内で、傷害及び後遺障害補償の各保険金の支払を求めるものである。

三  損害

(一) 入院治療費 五四万四一九五円

1 植木整形外科(宇和島市)

本件事故当日から昭和四七年一月一〇日までの八日間 八万六〇〇〇円

2 愛媛県立中央病院(松山市)

同年一月一一日から同年四月二日までの八三日間 一一万七六四五円

3 伊藤病院(東京都葛飾区)

同年四月三日から同年六月一三日までの七二日間 四万一五〇〇円

4 伊藤病院(東京都杉並区)

同年六月一三日から昭和四八年四月二五日までの三一七日間 二九万九〇五〇円

(二) 護送費 二万六九九〇円

歩行不能のため、入退院時のタクシーによる護送費合計損害

(三) 付添費 六四万〇一〇〇円

原告は前記入院期間中付添を必要としたが、本件事故の日の翌日である昭和四七年一月四日から退院の日である昭和四八年四月二五日までの合計四七八日のうち、昭和四七年一〇月二七日から同年一二月二五日までの五〇日間は職業的付添人をつけて合計一二万六五〇〇円を支払い、残余の四二八日間は母親の訴外宇田川たいが付添つたので、一日一二〇〇円合計五一万三六〇〇円の付添費相当の損害を受けたので、付添費の損害は六四万〇一〇〇円となる。

(四) 入院雑費 一四万三七〇〇円

一日三〇〇円の割合による四七九日分

(五) 休業損害 一一八万七五〇〇円

原告は有限会社藤生酸素商会に従業員として勤務し、昭和四六年一〇月から同年一二月までの三ケ月間に合計二二万五〇〇〇円(月平均七万五〇〇〇円)の給与を得ていたところ、本件事故のため昭和四七年一月三日から昭和四八年四月二五日まで欠勤を余儀なくされ、一一八万七五〇〇円の給与相当の損害を受けた。

(六) 逸失利益 一五五六万四八七〇円

原告は前記入院治療を受け、昭和四八年四月二五日症状固定し、上腹部以下知覚運動麻痺、両下肢麻痺高度等両下肢の用を全廃し就労はもとより、他人の助けを借りねば日常の起居も不可能な状態となり自賠法施行令別表に定める第一級(一〇〇%労働能力喪失)の後遺症が残つた。原告は昭和二四年五月五日生の健康な男子で四一年間は就労可能であつたものである。よつて月額七万五〇〇〇円、労働能力喪失率一〇〇%、就労可能年数四一年としてライプニツツ式(係数一七・二九四三)により中間利息を控除した逸失利益の現価は一五五六万四八七〇円となる。

(七) 慰藉料 五〇〇万円

原告は前記のとおり入院治療し、さらに今日まで通院治療を受けているが前記のとおり一級の後遺症が残り、生涯の大半をベツトに横臥せざるを得ず本人の心痛はもとより、家族の心痛と苦労も筆舌につくし難いので、慰藉料は五〇〇万円を下ることはない。

四  損害の填補

(一) 訴外星吉泰から三三万円

(二) 被告から傷害による保険金の内払金一〇万円

五  結び

よつて原告は被告に対し、保険限度内で、傷害による保険金四〇万円及び後遺症補償費五〇〇万円、合計五四〇万円及び訴状送達の日の翌日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(請求の原因事実に対する答弁)

一  請求の原因一の事実中(一)ないし(三)の事実は認め、冒頭の事実及び(四)の事実は不知。

二  請求の原因二の事実は認め、その余は争う。

三  請求の原因三の事実は不知

四  請求の原因四の(二)の事実は認め(一)は不知。但し右(二)の内払金一〇万円の支払は被告の調査不充分によるものであり、再三返還の請求をしているが原告はこれに応じない。

(自賠法三条本人の「他人性」に関する被告の主張)

原告は加害車の運行供用者であるから、自賠法三条本文の「他人」に該当しない。

即ち原告は加害車の所有名義人である宇田川繁太郎の実弟で同人と同居していた者であり、加害車は名義こそ同人の所有であるが実質上は兄弟の共有であつて、原告は通常加害車を自由に使用し得る立場にあつた。また、原告は加害車を利用して正月休みに四国へ観光旅行することを思いたち、星吉泰と共に昭和四六年一二月三一日東京を出発、途中星吉泰と交替で運転しながら、昭和四七年一月一日愛媛県伊予市の友人訴外重松道子宅に到着し同人宅で一泊した。翌一月二日原告、星吉泰、重松道子とその友人の四名は、加害車で四国名所めぐりに出発し、原告、星吉泰、重松道子の三人が交替で運転し城辺町の旅館に宿泊した。翌一月三日午前一〇時三〇分頃、西海町の海中公園見物に行くため、星吉泰が運転して旅館を出発した直後本件事故に至つたものである。以上の次第であるから原告は通常もまた本件事故時においても加害車の運行を支配し利益を得ていた者であるから、運行供用者であり、したがつて自賠法三条本文の「他人」に該当しない。

(右の被告の主張に対する原告の答弁)

右主張事実中、原告が加害車の所有名義人である宇田川繁太郎の実弟で同人と同居していたこと、正月休みを利用して加害車で四国へ観光旅行することを企画し星吉泰と共に昭和四六年一二月三一日東京を出発し、途中重松道子らと落ち合い事故前日の一月二日城辺町へ着き宿泊したこと、翌朝(事故当日)午前一〇時三〇分頃海中公園見物のため星吉泰が運転して旅館を出発し進行中本件事故に至つたことは認め、その余の事実は否認する。

加害車は、溶接業を営む宇田川繁太郎が注文・配送等の営業用に昭和四四年頃購入したものであり、同人は自己名義で車両登録すると共に、ガソリン代、修理代、自動車税等の経費を負担して管理してきたものであり、同人の単独所有であることはもとより、原告に通常利用させることもなかつた。また原告は事故当日旅館を出発以来後部座席に同乗していたもので、運転につき何らの指示も与えていないのであり、星吉泰の一方的過失により本件事故に至つたものである。したがつて原告は加害車の運行供用者には該当せず、自賠法三条本文の「他人」として保護されるべきである。

仮に原告が宇田川繁太郎と共に加害車の運行供用者であるとしても、少なくとも、他の運行供用者である宇田川繁太郎との関係においては、前記のとおり原告か本件事故当日何ら加害車の運転に関与していない本件においては、原告は自賠法三条本文の「他人」として保護されるべき特段の事情があるものである。被害者保護の同法の理念に照らすと、対外的責任主体としての「運行供用者」と自賠法による保護の除外事由として機能する「運行供用者」とは区別し相対的に理解されるべき性質のものである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求の原因一の(一)ないし(三)の事実(事故の発生)及び請求の原因二(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。原告本人尋問の結果によつて成立を認める甲第一ないし第六号証、第七号証の一、二、第八、九号証及び右供述によると原告は本件事故によつて傷害を負つた事実が認められ、これに反する証拠はない。

二  ところで原告の被告に対する本訴請求は自賠法一六条一項に基づくものであるから、原告の宇田川繁太郎に対する自賠法三条本文に基づく損害賠償請求権の成立を前提とすることは明らかであるが、被告は、原告は加害車の運行供用者であり、したがつて同条本文の「他人」に該当しないので、原告の宇田川繁太郎に対する自賠法三条本文に基づく損害賠償請求権は成立しない旨主張するので判断する。

原告が加害車の所有名義人である宇田川繁太郎の実弟であること、原告は正月休みを利用して加害車で四国へ観光旅行することを企画し、星吉泰と共に昭和四六年一二月三一日東京を出発し、途中重松道子らと落ち合い事故前日の一月二日城辺町へ着き宿泊し、翌朝午前一〇時三〇分頃海中公園見物のために加害車を星吉泰が運転して旅館を出発し進行中、午前一一時頃本件事故に至つたことは当事者間に争いがない。そして前判示事実と成立に争いのない乙第一ないし第三号証、証人宇田川繁太郎の証言及び原告本人尋問の結果によると原告は星吉泰とガソリン代を折半し、一週間位の予定で昭和四六年一二月三一日に東京を出発、途中星吉泰と適宜運転を交替し、昭和四七年一月一日愛媛県伊予市の重松道子宅へ到着し同人宅で一泊、翌一月二日、原告、星吉泰、重松道子、その友人の訴外西本啓子の四人で四国観光をすることとなり、原告、星吉泰、重松道子の三人が交替で運転し、桂浜、足摺岬等を見学、当日は城辺町の旅館に旅泊した。翌朝午前一〇時三〇分頃海中公園見物のために加害車を星吉泰が運転し、助手席に重松道子、後部座席に原告と西本啓子がそれぞれ同乗して進行中、星吉泰がカーブで運転操作を誤つたため本件事故に至つた事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると原告は本件事故時における加害車の運行支配・運行利益を有しており、宇田川繁太郎と共に共同運行供用者の関係にあるものと認められるので、原告は自賠法三条本文の「他人」に該当しないと認められる。もつとも原告の指摘するとおり、責任主体としての「運行供用者」と自賠法における保護の対象の範囲を画する「他人」とは別異に解すべく、事故によりその身体又は生命に被害を受けた者が共同運行供用者の一人である場合には、運行供用者であるが故に常に「他人」に該当しないとはいえず、当該運行に直接関与していないと認められる特段の事情があるときには、他の運行供用者に対する関係で、自賠法三条本文の「他人」として保護されるものと解すべきであるが、前判示事実によると、本件事故は長期の観光旅行の運行の一過程における事故で、右の特段の事情があるものとは認められない。

三  してみると加害車の運行供用者である宇田川繁太郎に対する原告の自賠法三条本文に基づく損害賠償請求権は成立していないこととなり、原告の右請求権の成立を前提とする。原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮良允通)

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